New Orleans

話が長い

青春パンクは冬の音楽だ

青春パンクは冬の音楽だ。

たぶん種々異論はあるだろうが自分にとってはそうだ。 銀杏BOYZに出会ったのは2年前の冬。それまでの人生において、はっきり言って自分は銀杏BOYZのことが嫌いだった。聴きもしないで、いや正確には中学生の頃に一度聴いて、何だこれはと半ばアレルギーのような反応を示して、そこで聴くのをやめた。「嫌いな音楽」って自分はほんとうに滅多にないのだが、そのときの自分は数少ないそのカテゴリに銀杏BOYZを入れて、そのままずっと生きてきた。その名前を思い出すことすらもないまま。

銀杏BOYZという名前が再び自分の周りでよく聞かれるようになったのは、ピロウズを好きになってから。ピロウズが好きな人と他にどのバンドが好きかという話になったとき、高確率で出されるのが銀杏BOYZだった。信じられなかった。どういう反応をすればいいかわからなかった。だからいつも大体「ピロウズ好きな人って銀杏BOYZ好きって人多いよね」と言っていた。

会社で出会ったバスターズは、自分がそう言うと噛み締めるように言った。

「いや、だって、銀杏BOYZ、いいもん」。

ふーん、と思った、だけだった。



それからしばらくして、そのバスターズと一緒にカラオケに行った。そこで彼が歌うBABY BABYを聴いて、あれ、と思った。

めちゃくちゃいいじゃん。

家に帰ってiTunesの視聴で30秒かそこらの銀杏BOYZの曲を聴き漁った。自分の人生においてまだApple Musicというインフラが敷かれていなかった頃。この時期、音楽をアルバム単位で聴くということに全く興味がなくて(iTunesでは、1曲ごとにカネを払わないといけないから。よっぽど好きなアルバムでないと、「飛ばす曲」にカネを払う精神的・経済的余裕がなかった)、だから銀杏BOYZも、視聴を聴いて好きだと思ったものは繰り返し聴いたし、そうでないものはそれ以降ほぼ聴いたことがない。好きな曲、そうでない曲ははっきりと二分されていた。今でもちゃんと覚えている。アルバム「君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命」からは、「あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら殺す」、「童貞フォーク少年、高円寺にて爆死寸前」、「トラッシュ」、かの「BABY BABY」、「漂流教室」(今思い返せば、何でこのときのラインナップに「もしも君が泣くならば」が入ってないのか自分が一番不思議)。「DOOR」から「援助交際」、「SEXTEEN」、「NO FUTURE NO CRY」。「SEX CITY 〜セックスしたい〜」は一通り聴いたけど1曲もピンと来なくて、その次、「光のなかに立っていてね」で「I DON'T WANNA DIE FOREVER」を聴いた。そう、自分は、最初に聴いたのがリアレンジ版だったのだ。

聴いてみればわかる。自分が受けた衝撃が。

「あいどんわなだい」は、とくべつな歌だ。

こんな歌を歌う輩を、上っ面の印象だけで嫌いだと決めつけて生きてきた、自分のバカさ加減にあのときちょっと泣いた。

それから銀杏BOYZは、自分の中でピロウズと、andymoriと並ぶ、大好きで、大切なバンドになった。



自分は、音楽のことになると収集癖が出る。

銀杏BOYZはそのときすでにミネタカズノブ1人だけになって久しく、メンバー4人で揃って出ている雑誌は軒並みもう新品で買うことが望めないナンバーのものだった。バンド単位としての本「GING NANG SHOCK!」も、何か今見たらAmazonで買えるけど自分の記憶の中では当時新品は売ってなかったと思う。だから古本屋に足繁く通ったのだ。GING NANG SHOCK!の上下巻を揃って見つけたときは驚きすぎて声が出た。そんなふうにして自分は銀杏BOYZにのめり込み、そうやって銀杏BOYZを深く知るうち、どんどんミネタカズノブ個人のことを好きになっていった。

「真夜中のふたりごと」「ふたりごと」の存在を知ったのはその頃。

これは今でもAmazonで新品を買えない。買えてたまるか、自分は今でも「真夜中のふたりごと」のほうは持っていないのだから。古本屋で「ふたりごと」を見つけたときは涙が出た。こっちは「真夜中のふたりごと」の続編という位置づけなのだが、そんなことはどうでもよかった。川底を攫って金の粒を探すみたいな、途方もない古本屋巡りの中で、目的の本に出会えるということはすなわち、運命なのだ。迷わず買って読んで、大昔のテレビの深夜枠でやってそうな、素人物AVのなり損ないみたいな企画に笑ってしまった。何かすごい時代の遺物を手にしてしまったなと思った。こんなものが新品で買えるわけがないと納得して、「真夜中のふたりごと」の入手に少し絶望的になりながら、あなたに出会った。



2年前の冬は銀杏BOYZの冬だった。去年も冬になるとまた銀杏BOYZが聴きたくなった。Apple Musicというインフラが敷かれた後、今度はアルバム単位で銀杏BOYZを聴いてみようと思って、「もしも君が泣くならば」という曲を好きになった。

今年の冬はMyベストテープをよく聴いていた。Tokyo Callingで出会った青春パンクバンド。別に寒くなったから青春パンクが聴きたいと思ったわけではなくて、12月に彼らのワンマンがあるからだった。彼らのバンド名があなたのブログのタイトルに由来するものだと知ったのはほんとうにこの前のこと。そしてあなたの訃報を聞いて、今また銀杏BOYZを聴いている。

今年も青春パンクの冬が来たのだ。



あなたに関して書けることが、今の自分にはこれ以上ない。いつまでもいつまでもバカな自分は、未だにあなたの音楽を聴いたことがないからだ。世界にも自分にも必ず今日と同じような明日が来ると無邪気に信じ込んで、あらゆることを先送りにして日々を生き、死んだことを知ってから、死んだ人になってしまった人の音楽を聴くような人間だからだ。そしてその歌をもう生で聴けないことを考えて、愚かしいほど月並みに好きな人を大切にしようとか、会いたい人には会いに行こうとか思うのだ。反吐が出る。

それでもどうしても書きたかった。

それでもどうしてもあなたの歌が聴きたい。

どうか遅すぎることなんてないと言ってくれ。

きっとこの冬はあなたの冬になる。

ラーメンを食らう山中さわお3

主にツアーの遠征先で山中さわおが食べたラーメンをピロウズ公式Twitter及び有江さんのInstagram他様々な媒体より収集した情報からどうにかこうにか特定していくシリーズ第3弾(何とか続いている)。

札幌らーめん 輝風 011-513-0050 北海道札幌市中央区南5条西3-1 大松ビル 1F https://tabelog.com/hokkaido/A0101/A010103/1060348/

2019/3/3のREBROADCAST TOUR 札幌 PENNY LANE 24のために札幌入りしたときの写真。ラーメンを食らう山中さわお2のときと同様、REBROADCASTツアー中期間限定で開設されていた真鍋さんのTwitterアカウントにて投稿された。曰く「札幌のシメはこれだろー!(笑)。」

カウンター席のみ9席(移転前は5席)という驚異の狭き門、昼時なんぞは行列必至であろうことが想像に難くないが、札幌の凍てつく寒さの中、芯まで冷え切った体を濃厚スープで中から温めるというのもまた乙なものか(山形より北に行ったことのない九州出身の人間が書いています。道の寒さを舐めきった発言でしたらご容赦ください)。

写真のラーメン、真鍋さん曰く「札幌のシメ」とのことだが、スープの濃度的に味噌ラーメンに見えないのは自分だけだろうか? 輝風のラーメンは味によってスープが違い、味噌ラーメンでは「豚骨・鶏ガラの白湯スープ」が使用されているそうで(あいにく、行って確認したわけではないので、今は違うかもしれない)、味噌ラーメンだとしたらもっと白濁していると思う。ということで塩ラーメンか醤油ラーメンかと想像しているのだが。食べログに投稿された写真を見る限り、醤油ラーメンだとすればスープの色がもっと濃いような気がするので、真鍋さんが食しているのは塩ラーメンと予想。実に美味そうなラーメンなので、いつかお店へ行って正解かどうか確かめたい。

ちなみに、「ラーメンを食らう山中さわお」の題で上げておいて何なのだが、このとき山中さわおもいたかどうかは不明である。まあこのシリーズ、ピロウズメンバーが食べたものを特定して旅飯の選択肢のひとつ、旅飯を楽しむ要素のひとつとすることが目的なので、細けえこたぁいいんだ。以上、久しぶりの更新、終わり。

‪「19のとき初めて免許を取って、遊びに行こうと思ってゆうきくんを家に迎えに行った。ゆうきくんちの前は対向車が来たらやばい感じのものすごく狭い道だった。そこに、向かい側からおばあちゃんが歩いてきた。19の僕はイキって色んなことを言った。『そんなとこ歩いとんじゃねえババア!』とか『轢くぞ』とか。『殺すぞ』とも言ったかもしれん。19だからね。若かったから。もちろん窓は閉めてね。そしたらすれ違うときおばあちゃんが避けて道を譲ってくれて、そこを通るときに助手席のゆうきくんが、かろうじて聞こえる声で言ったんですよ。『あれおれのじいちゃん』って」‬

ラーメンを食らう山中さわお2

主にツアーの遠征先で山中さわおが食べたラーメンをピロウズ公式Twitter及び有江さんのInstagram他様々な媒体より収集した情報からどうにかこうにか特定していくシリーズ第2弾(何とか続いた)。

支那そば 王王軒 088-693-0393 徳島県板野郡藍住町徳命字牛ノ瀬446-15 https://tabelog.com/tokushima/A3603/A360303/36000071/

2019/2/5のREBROADCAST TOUR 徳島 club GRIND HOUSEのために徳島入りしたときの写真。REBROADCASTツアー中期間限定で開設されている真鍋さんのTwitterアカウントにて投稿された。

少し離れたところに石井店というのもあるが、写真は牛ノ瀬の本店。ちなみに、「わんわんけん」と読むらしい。

有江さんのInstagramの投稿によれば、徳島では併せて「いのたに」にも足を伸ばしている。

いのたに 本店 088-653-1482 徳島県徳島市西大工町4-25 https://tabelog.com/tokushima/A3601/A360101/36000011/

「いのたに」も本店と鳴門店が存在する。一行が赴いたのは本店。徳島ラーメンを世に知らしめた、元祖とも言うべき存在らしい。

ちなみに、徳島ラーメンとは一般的に写真でメンバーが食べているスゲエ茶色のラーメンのことを指す(徳島ラーメンにも茶系とか黄系とか白系とか色々あるらしいが、上記元祖徳島ラーメン「いのたに」が茶系だったため単に「徳島ラーメン」と言った場合は茶系を指す場合が多いようである)。豚骨スープに濃口醤油・たまり醤油で味付け、トッピングに生卵、と聞くと先日メンバー全員が晴れて50の大台を突破したピロウズおじさんたちの血糖値やら血圧やら何やらが気にならないこともないが、こんなもんを数日間で(まさか1日で2軒行ってないだろ)ハシゴできるのだから余計なお世話か。何卒ご自愛ください!

ラーメンを食らう山中さわお1

主にツアーの遠征先で山中さわおが食べたラーメンをピロウズ公式Twitter及び有江さんのInstagram他様々な媒体より収集した情報からどうにかこうにか特定していくシリーズ第1弾。

ラーメン天和 096-362-1237 熊本県熊本市中央区九品寺5-15-5 https://tabelog.com/kumamoto/A4301/A430101/43009354/

2018/3/18のHappy Jack 2018にCasablancaとして出演したときの写真。

熊本県にある天和ラーメンを食らう山中さわお。天和ラーメンのメニューは「ラーメン」か「ラーメン定食」か「おにぎり」のみ、机の上を見る限り食べているのは「ラーメン」だと思う。山中さわおはネギが食べられないので、ちゃんとネギ抜きにしてある。見よこのしあわせそうなご尊顔。天国とはここにありと言わんばかり。一体どれほどのお味なのだろう。食べてみたい。が、熊本。遠いなあ……。

ボヘミアンズというすげえバンドに出会った

去年はなかなか上手くできなかったのだが、今年はこのブログをより多く更新することを目標にしたいと思う。 このブログが多く更新されるということは、自分がそれだけ多く最高なものに出会ったということだからだ。 去年もたくさん最高なものには出会ったけれど、上手くそれを文章にできなかった。今もまだ上手くできるわけではないが、理由があって、下手くそだったとしてもやらなければと思うのでやる。

理由というのが、こいつらである。


THE BOHEMIANS『GIRLS(ボーイズ)』

ザ・ボヘミアンズ。

出会いはピロウズプレゼンツの「COUNTDOWN BUMP SHOW!! 2018→2019」。非常に真面目なオーディエンスであるところの自分は、ツーマン以上のライブで例え目当て以外に全く興味がなくとも予習を欠かさない質である。例に漏れずCOUNTDOWN BUMP SHOWも、最初こそ山中さわおと年を越せることにしか興味がなかったが、ユニゾンシュリスペイロフ、noodlesは予めいくつかのアルバムを聴き込み、「これは好きだ、ぜひライブで聴きたい」という曲を見つけ出していた(ユニゾンだったらアイラブニージュー、シュリスペイロフだったら夕日の色、noodlesだったらEmpty Roomが聴きたかった。これらは実際ひとつとして歌われることはなかったが)。ただ、ボヘミアンズだけは全く予習をしていなかった。これは思い出すだに恥じ入るとんでもない個人的勘違いがあったからで、それが一体どういう勘違いだったのか説明するのは死にたくなるのでやらないが、とにもかくにも自分はCOUNTDOWN BUMP SHOWが始まって、ステージに真っ赤なナポレオンジャケットにパツキンの平田ぱんだを筆頭とするボヘミアンズ御本人が出てくるまで、ボヘミアンズというバンドのビジュアルすら全く知らなかったのである。見たくないものでも目に入るこのネット社会において、普通にSNSを使いこなしていて拒否さえしていない情報を全く受け取らずにいたという状態は奇跡みたいなもので、実際自分は運命だったのではないかと思っている。何も知らなかったまっさらな自分が、あの日ボヘミアンズの音楽に真っ向からぶち抜かれたことがだ。やりたくてもできないだろ、こんな体験、一体自分は何という幸せ者で愚か者だったのだろうか。こんなふうに生のボヘミアンズに魂をぶち抜かれて彼らを見つけたことと、それまで全く彼らを知らなかったこと、両方に対して今、思う。

当たり前にピロウズ目当てで行ったライブで何にも知らなかった自分は他でもないボヘミアンズに火をつけられた。1曲も知らないライブでこんなにアガれるなんて知らなかった。もしこれが、知らない初めて聴く最高の曲ではなくて、思い出のある、大好きな、最高の曲だったらどうなってしまうんだと思った。帰って当たり前にボヘミアンズを聴き漁った。ライブでのボヘミアンズに魅せられたから、youtubeボヘミアンズのライブ映像をひたすら探した。そこで自分はTIMMのボヘミアンズを観て、死んだ。

泣きだしそうにすら聞こえるビートりょうのソロと、それに寄り添うような強く手を引くような平田ぱんだの、デュオ、歌いだされる歌詞は「いつだって 寂しがり屋なのさ 信じてるのは ロックンロールだけさ」。

「ロックンロール」である。

初めて聴いた曲でイントロからボロボロと涙が止まらなかったのはたぶん初めてで、「ロックンロール」はもちろんそれだけでは全く終わってくれなくて、繰り返される先のフレーズと、それを一本のマイクに頬を寄せ合って歌うふたりの姿はひたすらに胸を抉り、平田ぱんだのアドリブのシャウトはズタズタになった心臓を最後にありったけの力で引き裂いていった。その圧倒的なエネルギーの前に自分はただ赤ん坊か何かみたいに声をあげて泣いて、そうして死ぬしかなかった。

自分がいちばんまっさらな気持ちで音楽を聴けていたのは高校生のときだったと思う、予防線のひとつもなく時も場所も関係なく、良いかもしれないと思ったものはひたすら、そう感じた瞬間に感受できた時代。今はそんなことできない。準備が必要だからだ。自分の魂を揺さぶられる、心の準備。魂を揺さぶられる経験というのは確かに得難いもので、そういうものに出会うのは嬉しいし、めちゃくちゃ楽しいけれど、それは同時に、拒否のしようがない、慈悲も容赦もない問答無用のものとの対峙という意味で、激しい嵐に突っ込むようなものだと思う、それに対するときには、窓やドアを塞ぎ大切なものをひとところに集めてじっと体を硬くするような、備えが必要だ。そうしなければ、どれだけのものが壊れてしまうかわからないからだ。

正直言って、ボヘミアンズをナメていた。そんな、準備は、必要がないと思っていた。ライブで彼らを生で見たにも関わらず。自分の目は文字通りの節穴だったということだ。

TIMMのライブ映像の再生ボタンを押した自分にはそれが嵐への一方通行ボタンである認識など微塵もなく、つまり何の備えもしておらず、だからただボヘミアンズという圧倒的な嵐の前に、なすすべもなく生身の自分を晒すしかなかった。そして当たり前に胸を抉られて心臓を引き裂かれ赤ん坊のように泣いて死んだ。

魂を分け合ったぜんぜん似てない双子みたいなふたりが頰を寄せ合って「ぼくらはいつだって寂しがり屋なのさ」と、「信じているのはロックンロールだけさ」と歌うのを見て、人間はほんとうに孤独だと思ったんだ。平田ぱんだはジーザスで、一挙手一投足に限りない愛と優しさが滲む不思議な人物だがそれでも、ビートりょうは孤独だしそれと同じくらい、平田ぱんだも孤独なんだと思った。そしてもちろん、自分も孤独だ。自分たちが感じている寂しさはきっと同じようなものなのだと思う。だけど、癒せない。人間の孤独は平田ぱんだみたいなクソでかい愛と優しさでも癒せない。きっとみんなどこかで同じことを感じているのだろうに、それはただ同じであるというだけで、そのことで人間の孤独は救われはしない。

でも、そうだとしても、誰かといることにきっと、意味がある。孤独は埋まらないかもしれないけれど、一本のマイクでふたり、同じかもしれない寂しさを歌うこと、そのものに意味があると思うんだ。そうでなければ何で自分は泣いたんだ。人間の抱える孤独のデカさに絶望しただけの、涙ではないことくらいは自分でわかる。だって自分はこの先も、ずっとずっと彼らの歌を聴きたいと思っているのだから。

そのためにできることがあるならやろうと思った。ピロウズから入ってボヘミアンズのことを好きになった人間なんて自分以外にもたくさんいるだろうし、こんなことはありふれた普通の話だろうと思う。それでも自分はこのブログを書いてCOUNTDOWN BUMP SHOWでボヘミアンズを初めて見て、虜になった人間がいるんだと誰かに、伝えたかった。2019年最初の記事はこれで始めたかった。2019年は彼らを追いかける年になるだろうから。

また一段と話が長くなってしまった。

ビバラ2018にかみさま来てた話

(記事中の写真は全て[銀杏BOYZ] FLASH REPORT | VIVA LA ROCK 2018から引用)

最初に言っておくと、行ってない

↓のライブダイジェストを観て、「エアビバラ」した感想である。 gyao.yahoo.co.jp

タイムテーブルが発表されたときは、「バクホン→打首→スカパラ→ホルモン→銀杏」という実現可能性を加味した上で考えられうる限り最高にアツい(アツすぎる)プランが浮かんで、胸が踊った。だがビバラは愚かSSAに行ったことがなかったためこの過密スケジュールをほんとうにそんなふうに回れるのかが未知数だったのと、フェスにソロ参戦というのをやったことがなかったのとで断念した。ふつうに後悔している。

この日、かみさまがここにいたからである。

ミネタカズノブだ。

前からかみさまっぽいなと思っていた。かみさまみたいな歌を歌うなと思っていた。でもまさかほんとうにかみさまだなんて思わないじゃないか。かみさまみたいな歌を歌う人間がほんとうにかみさまだなんてそんなのあんまりできすぎてるじゃないか。世界ってもっとこわいものなんじゃなかったのか。優しくないものじゃなかったのか。

だけどほんとうにいるんだよかみさまは。

SSAのVIVA! STAGEで、その前のスカパラのステージでこしらえたおでこの傷から血を流しながら、かみさまはギターを緩くかき鳴らして、マイクに向かってこう言っていた。

「‪あなたがこれから、あなたがこれから間違ったことを例えばしてしまって、例えば人を殺めてしまって、例えば、だれかの命を奪ってしまったとして、でもおれは、あなたがあなたのままなら、あなたがずっとそのままでいるなら、おれはずっとあなたのやり方を、おれはこの歌で、肯定しようと思ってます。あなたはきっとひとりじゃないと思います。あなたはたったひとつ。あなたはたったひとつ」

-VIVA LA ROCK 2018 DAY-3「ライブダイジェスト」より書き起こし

そうして歌いだされる、「BABY BABY」。

これが救いでなくて何だろうか? これが赦しでなくて何だろうか?

この曲を書いたとき、付き合っている人なんかはとくにいなくて、愛しいと思う人もとくにいなかったとミネタカズノブは言う。そんなときに、こんな曲が書けるのは、それは、もうミネタカズノブがそういう人間なんだということなんだと思う。ミネタカズノブの「きみ」は、ほんとうのほんとうに「きみ」だ。「きみ」と呼びながら実は彼女とか、彼だとかそういうことがない。「きみ」は自分であって、そしてこれを読んでいるあなたであるし、たぶんミネタカズノブ自身でもあるのだと思う。そこにはどんな差別もなくて、みんな公平だ。

こんな言葉を聴いて、こんな歌を聴いて、動画だってもうどうしたらいいかわからないくらいすごいのに、生で聴いたらどうなっちゃうんだろうか。安心しすぎて、もう何にもこわいものなんかなくなって、死んじゃうんじゃないだろうか。

ミネタカズノブがいることで、そしてミネタカズノブが歌を歌ってくれていることで、自分はこんなにも、安心しきって世界を歩んでいける。

ああ何て素敵な世界なんだろうと思える。

ありがとう、と言うしかない。ありがとうありがとうありがとう。何百回言っても足りないけれど。想いを言葉にしてくれてありがとう。叫んでくれてありがとう。血を流してくれてありがとう。痛みを受けてくれてありがとう。唾を吐いてくれてありがとう。汗を流してくれてありがとう。歌を、歌ってくれてありがとう。

大好きだよ。