New Orleans

話が長い

ビバラ2018にかみさま来てた話

(記事中の写真は全て[銀杏BOYZ] FLASH REPORT | VIVA LA ROCK 2018から引用)

最初に言っておくと、行ってない

↓のライブダイジェストを観て、「エアビバラ」した感想である。 gyao.yahoo.co.jp

タイムテーブルが発表されたときは、「バクホン→打首→スカパラ→ホルモン→銀杏」という実現可能性を加味した上で考えられうる限り最高にアツい(アツすぎる)プランが浮かんで、胸が踊った。だがビバラは愚かSSAに行ったことがなかったためこの過密スケジュールをほんとうにそんなふうに回れるのかが未知数だったのと、フェスにソロ参戦というのをやったことがなかったのとで断念した。ふつうに後悔している。

この日、かみさまがここにいたからである。

ミネタカズノブだ。

前からかみさまっぽいなと思っていた。かみさまみたいな歌を歌うなと思っていた。でもまさかほんとうにかみさまだなんて思わないじゃないか。かみさまみたいな歌を歌う人間がほんとうにかみさまだなんてそんなのあんまりできすぎてるじゃないか。世界ってもっとこわいものなんじゃなかったのか。優しくないものじゃなかったのか。

だけどほんとうにいるんだよかみさまは。

SSAのVIVA! STAGEで、その前のスカパラのステージでこしらえたおでこの傷から血を流しながら、かみさまはギターを緩くかき鳴らして、マイクに向かってこう言っていた。

「‪あなたがこれから、あなたがこれから間違ったことを例えばしてしまって、例えば人を殺めてしまって、例えば、だれかの命を奪ってしまったとして、でもおれは、あなたがあなたのままなら、あなたがずっとそのままでいるなら、おれはずっとあなたのやり方を、おれはこの歌で、肯定しようと思ってます。あなたはきっとひとりじゃないと思います。あなたはたったひとつ。あなたはたったひとつ」

-VIVA LA ROCK 2018 DAY-3「ライブダイジェスト」より書き起こし

そうして歌いだされる、「BABY BABY」。

これが救いでなくて何だろうか? これが赦しでなくて何だろうか?

この曲を書いたとき、付き合っている人なんかはとくにいなくて、愛しいと思う人もとくにいなかったとミネタカズノブは言う。そんなときに、こんな曲が書けるのは、それは、もうミネタカズノブがそういう人間なんだということなんだと思う。ミネタカズノブの「きみ」は、ほんとうのほんとうに「きみ」だ。「きみ」と呼びながら実は彼女とか、彼だとかそういうことがない。「きみ」は自分であって、そしてこれを読んでいるあなたであるし、たぶんミネタカズノブ自身でもあるのだと思う。そこにはどんな差別もなくて、みんな公平だ。

こんな言葉を聴いて、こんな歌を聴いて、動画だってもうどうしたらいいかわからないくらいすごいのに、生で聴いたらどうなっちゃうんだろうか。安心しすぎて、もう何にもこわいものなんかなくなって、死んじゃうんじゃないだろうか。

ミネタカズノブがいることで、そしてミネタカズノブが歌を歌ってくれていることで、自分はこんなにも、安心しきって世界を歩んでいける。

ああ何て素敵な世界なんだろうと思える。

ありがとう、と言うしかない。ありがとうありがとうありがとう。何百回言っても足りないけれど。想いを言葉にしてくれてありがとう。叫んでくれてありがとう。血を流してくれてありがとう。痛みを受けてくれてありがとう。唾を吐いてくれてありがとう。汗を流してくれてありがとう。歌を、歌ってくれてありがとう。

大好きだよ。