New Orleans

話が長い

「自分は大丈夫」の魔法を信じるのをやめられない

初めてジャケ買いしたCDは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「藤沢ルーザー」だった。タイトル曲「藤沢ルーザー」、カップリング曲でThe Rentalsのカバー「HELLO HELLO」の計2曲、今じゃまず買わないであろう清く正しい時代のシンプルなシングル。中村祐介がジャケットイラストを描いていて、バンド名も薄ら聞いたことだけはあって、「藤沢ルーザー」という漢字カナ混じりの曲名に、何となく惹かれたから買った。ホームセンターで2000円も出せば買えるようなコンポで、どんな音楽なんだろうと胸を高鳴らせながら初めて「藤沢ルーザー」を聴いたとき、ボーカルが男だったのでびっくりした。インターネットもまだまともに使えない中学生は、雑誌で得たおぼろげな知識と中村祐介のジャケットの印象から、勝手にASIAN KUNG-FU GENERATIONを、女4人とかの明るいバンドだと思っていたのである。今考えるとめちゃくちゃ笑える勘違いだ。自分はこんなふうにして、アジカンに出会った。



思えばこれは自分にとって邦楽ロックバンドとの出会いでもあった。ドラマの主題歌に使われるような大衆的なJ-POPしか聞いたことのなかった耳に、都会で働くサラリーマンの憂鬱を太いけれどもどこか繊細な歌声で、不思議に灰色に烟った青空に向かって歌い上げるようなアジカンの音楽はとても新鮮だった。親友に聞かせたら「3番線のホームから/今手を振るよ」の「よ」の始末の仕方が受け付けないと言われたことを今でも覚えている。周りの友達は誰も同じように好きとは言ってくれなかったけど、それでも聴き続けた。その頃ちょうど初めてのケータイを買ってもらった。確かiPhoneの初代だかその後継機だかが出たくらいのときだったと思うが、時代の主流はまだ圧倒的にガラケーに分があり、もちろん自分が持っていたのもガラケーだった。メールアドレスに「アジカン」の文字を入れて、着メロを「或る街の群青」にして、同じくらいに出た新シングル「新世紀のラブソング」を聴きながら、好きだなあと、ひとりでじっと思っていた。



でも、その頃からずっと感じていたことがある。確信を持って言語化できるようになったのはもっと後、大人になってからだったけれど、たぶん「藤沢ルーザー」を初めて聴いたときから、ぼんやりと感じていたこと。「大好きだけど、アジカンは自分のことを歌っているのではない」ということ。

中学生がサラリーマンの歌を聴いて「自分のことを歌ってない」と思うとか、そういう表面的な話ではない。アジカンが歌っているのは「(アジカンの)世代の歌」であって、その「世代」に自分は含まれていないと感じていた、ということだ。

顕著なのは「さよならロストジェネレイション」だ。この曲を聴いて、自分は「腑に落ちた」。それまで「ロストジェネレーション」という言葉を知らなかった。バブルが弾けた後に長く続いた暗い時代、「就職氷河期」に就活をしていた若者がそう呼ばれていたこと。それを知って、アジカンの音楽にどこか世界に背を向けるような、拗ねたような諦めたような印象を受けることに納得が行ったのだ。

自分は就職氷河期のことなんてぜんぜん知らない。生まれたときにはすでにバブルの栄光など遥か彼方、経済は低迷するばかりの世間的にとても暗い時代だったと思う。そしてそれはずっと同じだった。物心ついてわけもわからんなりに流れているニュースを見るようになって、成長してその意味がおぼろげながらわかるようになっても、言われるのはただ、景気が悪い。未来が暗い。若者のやる気がない。だけど、光を知らない人間に、今が「暗い」と言われてもそんなことわからない。自分にとっては、大人が何と言ってようがそれが普通の状態だった。そんな自分から見て、まだ光の記憶が色濃い時代に、世間に貼られたレッテルに苦しんだり諦めたり、それでも前を向いて行こうとするアジカンの音楽のムードはいまいちピンと来ないものだった。大好きだったけど、何でそんなに諦観してるんだろう、と思うことがままあった。光と闇の、ギャップを体感していない自分はアジカンの音楽を実感として理解するコンテクストを持っていなかった。そんな自分からすれば、アジカンの音楽はどこまでも「自分とは違う時代に生まれた世代」のものだった。大好きだけどわからないもの。



そう思っていた。昨日までは。



この2日の間に状況は一変した。自分はそう感じてるけれど、でもきっと事実はそうじゃない。この状況はなるべくして起こったものだ。欧米の例を見ればわかる。この先どうなってしまうかも。全国一斉放送で、異例の視聴率を記録しあのテレ東すらも他局に倣いながら、安倍総理が下手くそなスピーチで国民に「要請」をする姿なんて、もう目に浮かぶようじゃないか? 今日までと同じ日常が、明日急になくなる可能性が、こんなにも自分に切迫してきたことなんて未だかつてなかった。普通に、不安だ。

しかしこれは最近気づいたことだが、不安の量と危機意識の高さは比例しない。少なくとも自分はそうだ。不安になって何をするかと言えば、誰かが何かとくべつな解決策を教えてくれまいかと請うようにいつまでもTwitterを更新し続けて、同じように不安な人間に共感していいねをしたり悲観的な見通しを目にしてもっと不安になったり。自分の頭で考え判断するのが大事だという記事を読みながら東大の教授が計算したというフェルミ算の類の予測値を疑いもしない。スーパーに行けばがらんどうのカップ麺コーナーや生鮮食品の棚に明日の食事を思って不安になるのに、夕方の銀座を歩く人通りの多さにどうしても危機感が鈍る。何度も何度も同じことを繰り返している。マスクが消えたときもイベント自粛でどんどんライブが中止になっていったときも学校が休校になったときも紙製品に購入制限がかかるようになったときも東京都知事が緊急会見を開いたときもスーパーに入場制限がかかったときも、自分はただ不安になるだけで頭でリスクについて考えることができていない。自覚はあった、だからまあバカみたいな話だけど何でだろうと思っていた、それが昨日たまたまアジカンの「マジックディスク」を聴いていて、「迷子犬と夜のビート」が今までならあり得なかった響き方をして、やっと、わかったのだ。



この期に及んでまだ自分は魔法を信じているのだ。「自分は大丈夫」の魔法。テレビで見る自然災害や事故、事件を「テレビの中のもの」としか捉えられない子供が自らの身だけは何かしらの超現実的な力で守られこの先もずっと平穏無事であることを無邪気に信じて疑わないように、自分も他国の状況や専門家の見通しを聞きながらどこかでそれを自分には関係のないことだと思っている。アジカンを「世代の音楽」だと思っていたことが何よりの証拠だ。アジカンが歌っているのは彼らの世代のことなんかではない、今ならわかる、彼らは、繰り返す「時代」の感情を歌っていたんだ。



「ロストジェネレーション」と全く同じことは今後起こり得ないだろう。同じ状況なんて一瞬たりともないからだ。でもその時代の中で彼らが感じたような、理不尽な理由で貼られたレッテルに苦しんだり諦めたりそれでも前を向いていこうと思う気持ちは、人が人である限りきっと繰り返す。「いつまでもみんな幸せに暮らしました」なんていう結末はおとぎ話の中だけの話で、そもそも現実には結末なんてないのだから、生きている限りは悲しい時代も幸せな時代も退屈な時代も激動の時代も全部あり得るだろう。

親の庇護下にあった子供時代に散々「お前が生きているのは暗くて寂しくて悲しい時代だ」と刷り込みを受けて、いざ親元を離れいっぱしの「社会人」とやらになってみれば拍子抜け、時代は空前の「売り手市場」で東京五輪を目前に控え浮かれに浮かれた「おもてなし」ムード、大学を卒業してから東京に出てきた九州出身の身にあっては東日本大震災すら「遠くで起こった大変なこと」で、子供の頃から言われてきた冷たくて厳しい時代の空気を、実際に吸った経験などついぞなかった。そして自分は何だかんだと言ってそれがずっと続くのだと思い込んでいた。明日日常が消えてしまうかもしれない不安に苛まれながら生きる日々を、「自分が」過ごさなければならない時代が来るなんてあり得ないと無邪気に信じていた。だからアジカンが歌う感情を「ゴッチたちの世代だから感じるもの」と断じていた。それをコンテクストが違うからわからないと言って終わるのは、自身だけに及ぶ神秘的な守護を信じてやまないクソ低い危機意識の表れだ。「迷子犬と夜のビート」の「夜の街角の土砂降りになって震える迷子犬も/きっとはにかんで笑う/そんな日を思って日々を行こう」という歌詞に涙が出て初めて、自分はそれに気づいた。



書いてみるとバカみたいな話だがほんとうにそうなのだ。自分は間違いなく「自分は大丈夫」の魔法を信じている。この記事を書いている今でもだ。「明日日常が消えてしまうかもしれない」なんて書きながら、実際にはそんなこと起こるはずがないと思っている。リスクを自分のものと認められない。そして予定がおじゃんになった土日にどうやって最大限美味い酒を飲むかとか真剣に考えている。いっそ人間はそういうふうにできてるものだと考えたい。どれだけ危ないと言われても明るい未来のことを考えなけりゃ生きていけないからこうなんだと、思わなければ悲しくなってきてしまうくらいバカだ。



こんな記事後になって笑い飛ばせればいい。大袈裟だって。

そうしてライブに行けてたらいいのにな。アジカンのライブは、まだ行ったことがないから。